« Q & A | トップページ | 小嶋崇さんによる『わが故郷天にあらず』の読書随想(連載) »

再び絵筆を取って

この度、40余年に渡るまさに荒野をさまようが如くの関東での生活を終え、リタイヤした夫と伴に故郷の関西へ移り住むことになりました。山桜が美しい山荘で、小鳥の声を聞きながら朝のミルクティを二杯飲み、三杯目を持って画室に入り、絵と格闘している中に、もう昼食の時間です。飲み忘れたミルクティが冷たくなり、手は油と絵の具まみれです。絵を描いているといつも思うことですが、こんなに楽しいことをさせていただけるのなら、もう何もいらないと私は本当にそう思います。これほどまでに思いを越えた幸いな時を用意して下さった主に感謝を覚えない日はありません。

先程、荒野の40年と申しましたが、洗礼を受けたのが38年前ですから、それ以前の教会生活を含め、結婚、出産、育児、夫の両親とのかかわり等、それはもう聖書とはかけ離れた世界で翻弄され、あらゆる努力は裏目に出て、疲労困憊の日々を過ごして来たような気がいたします。

そのような中で、信仰の確信を得ようと、益々熱心な教会生活に励んで行きました。即ち、集会への皆出席や、家族を後回しにしても奉仕の時間を多く、といった生活です。何かが違うと感じるようになりましたが、そこから抜け出すことはできず,求めていた神様からのはっきりした確信も得られないままでした。また説教を聴く度にしかられている気がしていました。今思えば,私の思い間違いや不信仰から発していたことだったのでしょう。

ところが10年程前にバイブル・アンド・アート・ミニストリーズという働きをしておられる町田俊之先生にお出会いし、そのクラスに出て学んで行く中で、すっかり忘れていた絵の世界と小学生の時に始めた油絵にカムバックすることが出来ました。そしてクリスチャン画家で有名な渡辺総一先生の指導を受け基礎から学び直しました。それから8年後、関西に行くためのお別れの際に先生は記念の画集を下さって「これからは絵にカムバックできた喜びを全身で表していた初期に戻って自由に楽しく描いて行くように」と励まして下さいました。

またある年、島先克臣先生の「キリスト教世界観セミナー」に出席する機会があり、そこでプラトンの二元論について教えられました。初めて聞かされた言葉でしたが、目が覚める思いでした。

このような歩みを通して、「神様は教会の事しか関心がない」かの如くに感じていたこれまでの観念的な信仰から、私は次第に解放され、この世での創造的な生き方に変えられて来ました。そのような時に手にしたのがポール・マーシャル著の『わが故郷、天にあらず』でした。そこには、変えられて来た私の思いがはっきりと言葉で表されていて、大きな励ましを受けました。

バイブル・アンド・アート・ミニストリーズやキリスト教世界観ネットワークなどの働きが益々祝されて、多くの悩めるクリスチャンの指針となっていかれますよう、心からお祈りいたします。

 2006年4月 アトリエ桂光燈 鈴木桂子

|

« Q & A | トップページ | 小嶋崇さんによる『わが故郷天にあらず』の読書随想(連載) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Q & A | トップページ | 小嶋崇さんによる『わが故郷天にあらず』の読書随想(連載) »