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働くことの意味

                            ロゴス会委員 中島 俊男 

企業の中のクリスチャン

 私は1950年福井県の高校を卒業して、神戸に本社がある製鉄会社に入社した。家庭の事情で大学進学が叶わず、涙をのんで就職した。入社1年後、英語の勉強のため神戸にある英語学校の夜学部に入った。その学校はミッション・スクールで、週2回授業の合間にチャペルがあった。この科学万能の時代にまだ宗教を信じる人がいるのかと思っていた私は、次第にキリスト教に捕らえられていった。
 1953年クリスマス、私は日本基督教団の教会で洗礼を受けた。礼拝・祈祷会に出席するほか、病院、養護施設、刑務所などを訪問した。しかし間もなく、当時台頭していた、宗教と科学、キリスト教とマルクス主義などの問題で悩むようになった。教会はこういう問題に対して十分な回答を与えてくれず、友人に問いかけても無関心な態度しか示さないことに失望していた。
 1961年、会社の東京支店に転勤となった。そこで命じられた仕事は、英語力が必要な海外事務所の管理だった。当時なけなしの外貨割当の便宜を計ってもらうため、監督官庁の役人を接待しなければならなかった。私は、初めて、自分の信仰と社会の現実の問題に突き当たった。私は悩み苦しんだ。

信仰と現実

 未熟な信仰の私に浮かぶ聖書のことばは、「世をも、世にあるものをも愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。」(Ⅰヨハネ2:15)、「だれでも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」(マタイ6:24)だった。
 私は、会社を辞めて神学校に行きたいと思った。しかし、周囲の反対と家族を養わなければならない義務感の前に、それを実行出来なかった。だが、私の心の中には、「会社を辞めて神学校に行けば、私自身は世の問題から解放されるかも知れない。しかし、問題はそのままこの世に残ってうめいているではないか。たとえ、泥まみれになってもよい。会社に留まって、信仰と現実の問題に取り組もう。」と、決意のようなものがあったことは事実である。
 私は、会社に命じられた職務を忠実に遂行し、必要に応じて関係官庁の役人を接待した。会社の人間にしてみれば、そんなことは当たり前のことだった。どの企業でもやっている。企業と監督官庁のもたれ合いは当然のことだった。ある年の暮、ある官庁に行ったら、忘年会のために酒を持ってくるように言われた。会社の総務課にその旨を告げたら、即座に用意してくれた。私は、このようなことをぬけぬけと要求する役人の厚かましさと、その意のままになっている自分自身に腹を立てながら酒を届けた。
 日本経済は高度成長で突っ走っていた。私は会社の仕事に打ち込み、遅くまで働き、疲れて帰宅し、家族との対話も薄れた。その中、私の心に去来するのは、クリスチャンのこの世での生き方、信仰と現実の問題、そして働くことの意味だった。しかし、私の回りで語られたことは、クリスチャンは神によって今の職業に召されたのである、真面目に働いて神の栄光を現わすべきである。今は苦しくても、「喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいから。」(マタイ5:12)だった。
 とはいえ、サラリーマンは1日、1週間、いや、一生のほとんどの時間を会社の労働のために費やしている。日曜礼拝の意味付けは出来ても、週日大部分の時間を捧げている労働の意味が分からなければ、やはり会社を辞めて神学校に行くか、キリスト教関係の仕事に就かない限り、真の心の平安は得られないのではないか。心の葛藤はあったが、忙しい仕事に毎日追い回される生活の中、信仰と現実の問題、働くことの聖書的意味をゆっくり考える余裕などなかった。

不正な管理人

 受洗して30年目、私は隅谷三喜男氏の「受肉の信仰」という著書に接した。そこに、ルカの福音書の「不正な管理人」のことが書かれていた。隅谷氏は、主人の財産を使い込んだ不正の代理人とは、我々自身だと言う。

「聖書の光に照らして人生の現実を見つめる時、どうもがいても私達は“不正な管理人”でしかあり得ない。私たちが善と考えて最善を尽くしたとしても、この世俗の中では様々の不正と深く結び付いている。私達の生活は罪の現実と切り離せない。私達は再軍備に反対する。しかし、善良な市民として私達が納める税金の十分の一は軍備に使われている。公害に反対しながら、私たちは公害をばらまく車やバスに乗る。原子力発電に反対しながら、原子力で発電された電力で電灯をつけ、電気器具を使う。きれいな生活はロマンチックであっても、現実の人生は泥にまみれたマイナスの符号がついている。
 現実の社会は信仰生活と両立しないような様々の問題をはらんでいる。その中にあってクリスチャンは、なるべく問題の少ないところで生活しよう、神の前に出来るだけ潔い生活をしようと思って、現実の生活から少し後退して、なるべく汚濁との接触をしないようにする。しかし、パンを得るためにこの世俗の中に生きなければならないので、ほどほどの付き合いをして、現実に対処していく。」(1)

正に私の姿が描かれていた。会社におけるクリスチャンの影は薄かった。現実の世界に対して逃避的な態度を取っているクリスチャンが、会社の中でそのアイデンティティを打ち出すことはできなかった。

聖書的労働観

 会社に入社して40年が過ぎた。1993年に退職する数年前、私は聖書的労働観に出遭った。

「神のかたちを持つ人間に与えられた最初の仕事は、神が創造し、良しとされた世界を管理し(創世1:28)、エデンの園を耕し(創世2:15)、被造物に名を付けることだった(創世2:19)。人間の労働は、被造世界に秩序を与え、発展をうながすこと、つまり、世界を管理する働きとなった。神が支配し、いのちを育てられる神の仕事に、人間が召されたのである。人間の労働は、神の代理として行う、光栄で、名誉な、喜びに満ちたものである。人間は、神に代わって世界管理をする働きの中で、神のかたち、すなわち、その人格の尊厳を確認し、その中で人格が成熟していくのである。
 神はこの仕事をひとりだけの人間に託さず、助け人としての女を創造し、彼らが協力して使命を達成するようにされた(創世2:18)。人間の使命は、本来、愛と信頼による自発的で、自由な、楽しい協働によって達成される。かれは人との人格的な交わりによって育てられる。その人間の生活を支えるものは、神と一体化する親密な人格的な交わりである。
 その人間が罪を犯した。その結果、人間の自己防衛と逃避と責任転嫁の姿勢は、神との交わりを損なわせ、世界を管理する力を人間から奪った。人間の社会は、強者が弱者を支配する強制秩序に変わった(創世3:16)。自然は、いばらとあざみを生じ(創世3:18)、人間の労働は食うための惨めな労苦に堕した(創世3:19)。神に代わって世界を支配し、愛する者とともに被造物を管理する、光栄に満ちた、喜ばしく、楽しい労働は虚無に服した。
 罪人がイエス・キリストを信じる時、彼は救われ、その労働も虚無の支配から解き放たれ、神の管理のわざは回復される。そして、その仕事に再び神によって召される。
 しかし、現実の社会と労働は全体として罪の支配下にある。従って、現実の社会でのクリスチャンの労働は、虚無への流れに抗して進められる戦いである。神との交わりが薄れ、召命感があいまいになると、すぐに押し流される。しかし、その戦いの中で彼の品性は練られ、同労者との人格的交わりが育てられる。日々のデボーションと聖日の礼拝が彼の労働をいかす。」(2)

私が役人の供応で苦しんでいた時、忙しい仕事に追い回されていた時、このような労働観が与えられたら、私は飛び上がって喜び、神を讃えたことだろう。私の周りで働く職場の同僚たち、働くことの無意味さに酒やマージャンなどに憂さを晴らしていた彼らに、聖書は労働についてこう言っていると話すことが出来ただろう。信仰と現実の問題がすべて解決できなくても、神に祈り、闘う勇気が出てきただろう。
 私は信仰と現実の問題、ひいてはキリスト教世界観を学ぶために、共立基督教研究所主催のお茶の水エクステンションに通った。一週間の会社の仕事が終わった金曜日の夜、私は嬉々としてエクステンションに通った。そして、1993年会社を退職すると同時に、共立基督教研究所に入学した。そこで、キリスト者の社会責任を謳った「ローザンヌ誓約」にも出会った。この誓約が宣言された1974年ごろ私は信仰と現実の問題で悪戦苦闘していた。当時この情報が、私のもとに届いていたらと悔しい思いがする。
 しかし、今になって分かったことは、イスラエルの民がエジプトを出て40年間荒野をさまよったように、私も40数年間のサラリーマン生活の中での主の訓練が必要だったのである。


(1)「受肉の信仰」隅谷三喜男(信教出版社、1982年、34~55ページ要約)
(2)「労働の倫理」唄野隆(新キリスト教辞典(いのちのことば社、1991年、1251~1253ページ要約)

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