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和解と追悼―キリスト教世界観に生きる

                               山川 暁

 間もなく敗戦を覚える8月がやって来ます。キリスト教世界観に生きる私たちは敗戦から、それは戦争を考えることになるのですが、学び、平和の君、イエス・キリストに仕える者として、よりふわしく歩みたいものです。

 さて、先の20世紀は戦争の世紀であったといわれています。キリスト者は戦争の背後には人間相互の間に敵意が存在していたことを忘れてはならないと思います。翻って21世紀はどうでしょうか。敵意は取り去られる方向にあるのでしょうか。残念ながら依然として戦争があり、現在においても血が流され続けています。加えて、戦争以外でも年間1000万人以上の人びとが飢えなどでいのちを失っています。圧制もあり、また紛争もなくなってはいません。世界のいたるところに対立と敵意が見られます。21世紀は敵意の時代とさえいえるのではないか、そう思います。そして、この敵意の対極にあるのが和解であります。聖書にもこう記されています。

 さて、ヘロデはツロとシドンの人々に対して強い敵意を抱いていた。そこで彼らはみなでそろって彼をたずね、王の侍従ブラストに取り入って和解を求めた。その地方は王の国から食糧を得ていたからである。(使徒12:20)。

 聖書は、人間の敵意は罪によって生じたと教えています。敵意は神と人との関係性をも破壊させました。だが憐れみ深い神は、御子イエス・キリストを十字架に付けることで、人間との和解の道を開いてくださいました。しかし、人間と人間との間にある敵意は依然として取り除くことができないでいます。
 先に21世紀が敵意の時代であると書きました。その敵意が人々の想像を超えた形で投げつけられたのが01年9月11日に、アメリカで起こった同時多発テロ事件でありました。この事件は人間の敵意を一気に顕在化させてしまった観があります。
 そしてこの9・11同時多発テロは、実は日本人がヒントを与えたとも言われています。オーム真理教が地下鉄にサリンを撒き、無差別大量殺戮を計ったこと、それが9・11テロにつながったというのです。オーム真理教は軍事力を使わなくても、一介の市民でも、無差別に大量殺戮を実行できることを世界に示した事件でもあったのです。しかし、多くの人は誰もオームの起こした事件をそのようには捉えてはいません。例えば,宗教学者の中沢新一氏は今は亡き心理学者の河井隼雄氏との対談でこう語っています。

 同時多発テロのとき、日本人の多くが、キリスト教やイスラム教など一神教はちょっとどん詰まりに来ちゃっているなあ、という感じを受けたと思うんですね。(『朝日新聞』03年1月1日)。

 中沢新一氏は同時多発テロを、キリスト教とイスラム教の枠内で捉えようとしています。しかし、中沢氏はオーム真理教に高い評価を与えた人物でした。にもかかわらず、オーム真理教が事件を起こした後、氏は口を閉ざしたままであるようです。オーム真理教が引き起こしたサリン事件の裏に、社会に対する敵意があったことには口をつぐんでいるのです。

 ところで、第二次世界大戦において、ドイツはユダヤ人を大量虐殺しました。いわゆるホロコーストです。しかし、ドイツの人々は時間をかけることなくユダヤ人との間に和解を実現させています。その裏にはドイツが置かれている文化的背景に目を向ける必要があるでしょう。それはいうまでもなく、キリスト教に色濃く染まった文化です。キリスト教世界観です。
 一方、朝鮮と台湾を殖民地支配していた日本はどうでしょうか。中国および東南アジアに対して、侵略戦争を仕掛け(この戦争を欧米からの支配から解放するための聖戦であったと主張する者もいます)、多大な犠牲を強いた日本でした。犠牲を強いた国々との間に、和解はなされているのでしょうか。残念ながら真の和解はまだなされているとはいえないと思います。もし,和解が果たされていれば、日本はアジアの人々の目に、好ましいものに映っているはずです。果たしてそう映っているでしょうか。逆にアジアの人々目には厳しいものがあるというのが現実ではないのでしょうか。
 だが、国と国とが和解を果たすことは決して易しいことではありません。世俗的価値観に縛られている国家と政府は、和解よりも国益を重視するからです。国益のためには、和解は二の次にされるのである。これが世界の現実です。従って、和解は民衆の手によってなされることが期待されています。特に、キリスト教世界観に生きる私たちに期待されています。

 和解の道を開く一つのケースについて書かせていただきます。それは新しい追悼施設の建設をとおして和解の道を開くというものです。何故なら、中国そして朝鮮半島の人々との和解を妨げているのが靖国神社であるからです。おりしも、今年は靖国神社法案が国会に提出されて40年目に当たります。法案こそ廃案となりましたが、靖国神社問題は依然として憲法改正とリンクして、現在でも生き続けています。
 戦前の靖国神社は陸軍と海軍とが共同管理する、戦死者を祀り、顕彰する国家神道の施設でした。だが、敗戦直後GHQの神道指令によって、靖国神社は単なる一宗教法人の神社となりました。とはいえ、靖国神社の内実は、戦前の皇国史観と共に、戦死者だけを祀るというこれも戦前からの内容をそのまま引き継いできています。先の戦争を反省することなく、アジアの諸国を欧米の手から解放するための聖戦であったと主張しているのです。それゆえに、堂々とA級戦犯をも祀っています。
 だが、中国、朝鮮半島の人々の靖国神社に対する見方は違います。靖国神社を軍国主義の象徴と見ているのです。中国、また朝鮮半島の人々が、日本の最高指導者が靖国神社への参拝に反対し、不快感を現すのはこのためであることを知らなければならないと思います。そして、このことが和解を遠ざけているともいえるのではないでしょうか。
 この和解を妨げているものを取り除く道はないのか。そこから考え出され、主張されているのが、戦没者、戦死者を追悼するための新しい施設を造るという意見です。この考えをかねてより強く主張されている一人が、稲垣久和氏です。稲垣氏はこう主張しています。

 追悼施設を造り、それを国費で管理することは、宗教の国家管理につながるのではないか、との疑問も出されているが、それは杞憂である。なぜなら墓地や追悼施設は宗教施設ではないからだ。そこが靖国神社とまったく違う点である。追悼施を国費まかなうとは、建設費を国が支払うということにほかならない。さらに、施設を国立公園なみにきれいに清掃する、等の意味での施設管理維持費用は、「国民の福祉」として社会保障給付金のように国民の税金から支出すべき性格のものであって、国民の一部のボランテイア活動家が出すべき性格のものではない。むしろ市民の側からこれを積極的に提案し、国家は土地と維持管理費とを「国民の福祉」として提供すべきである。それが国家の戦争責任の表明ともなるはずだ。そのためには現代国家を、たんにトップダウン(上から下へ)の一元的な「主権権力国家」(権力装置)と見る発想から、多元的な領域主権の分散した市民のボトムアップ(下から上へ)の「福祉増進の機構」(福祉装置)と見る発想への転換が必要なのである。なぜならわれわれが国家(コモンウエルス)を社会契約によって作っているのである。それゆえに税金をおさめているのだから。(「戦争と追悼」)。

 稲垣氏の考えには新しい国家観が見られます。国家を従来の権力装置を持った機関だけとは見做さず、福祉を増進させる福祉装置機関と捉え、それを重視していることです。そのためには敗戦後も意識の下層部で日本人を縛り続けている「滅私奉公」のイデオロギーから解放されなくてはならないといいます。「滅私奉公」に代わって、「活私開公」という新たな考えを持つことが必要であると説いています。「活私開公」とは私を生かし、公を開くことです。
 新しい戦没者追悼施設が造られた暁には、それが市民の間に定着してくるにつれて、靖国神社は自然に相対化されてくるはずです。新しい戦没者追悼施設は開かれた公共空間として、そこにおいては如何なる宗教を信じる人も、自由に自分の信じる信仰とその形式によって、死者を追悼することができるのです。
 ここで重要なことは、新しい戦没者追悼施設は市民の側から提案して、国に建設を求めていくという点です。それがアジアの人々との和解の道を開くことに通じているからです。
 和解を追悼とセットで取り上げたことには理由があります。死者の追悼をとおして、和解を実現させるケースが少なくないからです。追悼とは、死者を偲び,悼み悲しむことであり、同時に死者を記憶に留めることです。和解がなされるためには、過去に目を向けなければなりません。アジアの人々の記憶を知るとき、私たちは過去の罪を悔い改める必要に気づかされるのです。そして、そこから和解への手がかりが与えられるのです。
 歴史から学び、平和の君であるイエス・キリストの御旨に生きているかを、絶えず自己検証して歩むこと、それがキリスト教世界観に立って生きることではないでしょうか。

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